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これはしたり。

音楽、芸術、本、その他。

公務員もハイリスクな商売だ ... 国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて

文庫でようやく読んだ。
いわゆる「ムネオハウス」や田中眞紀子元外務大臣がメディアを賑わせていた当時の、内側からみたドキュメント。ハードカバーが発売されてから2年半経っており、その間に進展があったことなどについても補筆されている。

もちろん、筆者の視点による文、主張であり、当時行われていた報道と、バランスをとってこの本は読んでいかねばならないだろう。しかし、事件からこれだけ時が経つと、ワイドショー的報道の細かい部分はすっかり忘れられている(少なくとも私はそうだ)ため、本の存在感がきわめて大きくなってくる。「ペンは電波より強し」といったところであろうか。

多くの人が評しているように、「国益」を第一義に考えた筆者と検察との不思議な信頼・協力、そして当然の被告として検察と対立していくやりとりは大変読み応えがある。「これは国策捜査だ」「こっちは組織なんだぜ」という検察に対し、鈴木宗男逮捕に抗議しハンストを決行したり、ある考えから保釈を断ったりする容疑者。しかし、立場を超え、時代の大きな波を把握しながら最前を尽くそうとしている両者の奮闘ぶりがよく伝わってくる。
それだけではない。同時に、北方四島の返還合意に最も近づいた歴史的経緯、そしてそれが不幸な理由によって実現しなかった経緯と、そこで外務省がどのように動いていたかなど、読者があの事件をワイドショー的関心にとどまらせず、大局観を持って外交の重要な部分も理解させてくれる本書は希有な存在であると思う。

当然と言えば当然だが、外交の現場でも、営利企業のある種の営業現場のような、きわどい駆け引きが行われていることを認識した。個人的信頼関係、酒にまつわる話...
外交にも当然利権は発生するし、そこには商社などが当然絡んでくる。省内の軋轢や政治家同士の権力闘争など、混沌とした世界だ。本書のような状態が日常化しているとすれば、現場の最前線にいる公務員は多かれ少なかれ筆者のような事件に(図らずとも)巻き込まれてしまうこともあるだろう。

ある種の公務員に対するステレオタイプを覆してくれる本だ。
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圧倒的なポジティブ・シンキングが身を立てる ... 私はこうして受付からCEOになった -- カーリー・フィオリーナ

フォーブス誌で何度も「最強の女性」に選ばれ、HPでは解任劇でも有名となった著者の半生を綴った自伝とも言うべき内容。直接的ハウツー・ノウハウものでも、精神論を説くものでもなく、悩み、試行錯誤し、やったこと、起こった結果を「記録」してあるようなスタイルで文は進んでいく。このようなスタイルが読者にとって、自らと共通する部分を感じ、間接的に彼女のすばらしいところがじわじわと感じられるような味わいがある本に仕上げている。

まず読んでいて気持ちがいいのが、圧倒的なまでのポジティブ・マインドだ。人を良く観察し、その人の背景にまで気を配り、悪い点より良い点を見るようにする。そして、人生の分岐点のような出来事に対しても、ポジティブに面白そうだと自分に言い聞かせ、あえて人が選ばない選択をする。原題の "Tough Choices" はまさにこの本で彼女が最も伝えたかったことなのだろうと思う。

また、女性だからという理由で様々な差別的な目で見られ、それに対する大きな反骨精神で周りを見返していく過程は読んでいて心が晴れ晴れすると同時に、アメリカでさえそうなのだ、との強烈な印象を受けた。女性の地位、派閥、人間の性格...そこで展開されるドラマはまるで日本のようでもあるのだ。M&Aなど、アメリカのダイナミックなビジネスの動きと会社社会の "心の機微" のようなものが両面から心を揺さぶり、ベタな話だが、「明日からがんばろう!」と思わせてくれるのだ。

読んでいて残念だったのは、守秘義務上書けないこともあるのだろうが、HPへ引き抜かれてからの内容が薄くなっている感じも否めない。将来的にはもう少し詳しい第2弾を期待したいところではある。

彼女がやめた後主要指標はあがっている。これは彼女が蒔いた種のおかげか、彼女が去ったことによるものか...

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東大教授西垣先生のエッセイがつまらない

前に坂村先生の記事が面白いと書いたが、日経の同じ位置の文なのだが、こちらは全くつまらない。
つまらない事をつまらないと紹介してもなんの生産性もないが、本当につまらないので、書かずにはいられない。

今日12日のほんの一部だけをとっても、新しいハードやソフトの操作を覚えたら消えていく、フリーズするコンピュータといった事を「われわれ人間をまるで情報処理機械のように扱う風潮」「形式的な処理ばかりに振り回されている」事例として挙げ、「生命的なネット上のコミニュケーションをもっと尊重すること」が「ITを本当に活用する道」だ、につなげてしまうなど、万事このような調子である。

根拠、例示、構成、論点、それぞれがばらばらで、およそ新聞のコラムとして、また、大学教授の文としては掲載すべきレベルでは無いだろう。

でも、日経BPに好評連載中の遙洋子のエッセイもそうなのだが、怖いもの見たさ、今回はどんなハチャメチャなのかと、つい読んでしまう。

明日も楽しみだ。

別世界のことであるからこそ読むべき傑作「ミノタウロス」-- 佐藤 亜紀

舞台は十月革命直前のロシア。
時代も場所も、そして世情も全く異なる世界の出来事を淡々とした一人称視点で描いているが、圧倒的なリアリティをもって世界が展開されていく。
むしろ背景が異なるからこその説得力か。「半島を出よ」などよりよっぽどリアリティがあると感じた(あの作品もすばらしい作品だが)。

ここでのリアリティは、他国の侵攻・社会主義思想の台頭による地主への反抗といいったことが重なることによる無政府状態化、「ごろつきども」が組織化し一目置かれるように成っていく過程、だれも咎めることのない状態での強姦や暴力、盗みの数々、そしてそのようななかでもフランス語ができ、しっかりとした教育を受けている主人公の生きる力などである。
これらのことは、人間として、もしくは動物としての普遍性を強く感じさせる。例えば、戦国時代の日本も、ある意味では同じようなことが起きていたのだ、と思わせる。他の世界や時代でも同じだ。そして、どんな状況に置かれても「幸せだ」と感じる瞬間は必ずあることも。

今の先進国の日常の安定、法治国家として一応国家権力が津々浦々まで機能している(一応、だ)状態はむしろ歴史から見れば例外的なことなのではないかと思えてくる。

この小説を読んでいて、内田先生のブログの記事を思い出した。

『LOST』を見るとわかるけれど、無人島に漂着した場合に、私のような脆弱なシティボーイは何の役にも立たない。
そこであわてて漁撈やら狩猟やら銃器の扱いやら内燃機関の修繕の技術やらをにわか勉強しても追いつかない。
サバイバル上手のみなさんのご温情におすがりするしかない。
でも、こちらも何かのお役に立たねば相済まない。
そこで、彼らが補填できない種類の「ニッチ」を探すことになる。
まあ、私なら役どころとしては「カウンセリング」とか「物語作家」か、うまくゆけば「宗教家」あたりのニッチを狙う。


元記事の本旨は家族論(だと思う)ので、ここだけを取り出しても意味がないのだが、そんなことは置いておいて、実際にそうなったときに、はたしてその辺りの狙いで本当に大丈夫なのかと思ってしまう(笑)。私はLOSTは見ていないが、もしくはLOSTの世界は意外と社会的なのだろうか。

このような本を読むと、やはり人類には読書が必要なのだとつくづく感じる。
読書をしていても、獣のように生きなくてはならない世界もあるのだと気づかせてくれるのだから。

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井上郷子ピアノリサイタル#17

ルーマニアの作曲家ドイナ(1951-)とディアナ(1981-)のロタル親子の作品をフィーチャーした演奏会。井上さんはムジカ・プラクティカのメンバーとしての演奏を皮切りに、国内外で特に現代作品を多く演奏している。

会場の東京オペラシティのリサイタルホールは満席。この手の演奏会でこの客入りは驚くべき集客力である。


ドイナ・ロタル:けしの十字路
ディアナ・ロタル:天秤座のソナタ(日本初演)
ディアナ・ロタル:シュムプレーガデス(フルート・パーカッション・ピアノ 日本初演)

ディアナ・ロタル:パリ風前奏曲 第1番「デビュメスキス」(委嘱新作世界初演)
ドイナ・ロタル:クリスタル(フルート・ピアノ 日本初演)
ドイナ・ロタル:ドヴァンドヴァ(パーカッション・ピアノ 献呈作品世界初演)
ドイナ・ロタル:サマヤ

【客演】
木ノ脇道元(フルート) 松倉利之(パーカッション)


ロタル親子の作品は初めて聴いたが、どちらも西洋の伝統に則した正統派。

プログラムノートには、娘のディアナが「ペラ・バルトークやジョージ・クラムへの執着と影響」も自分の個性だと書いてあるが、どちらかというと母ドイナにジョージ・クラム的なものを感じた。決めつけはよくないが、ルーマニアの出身ということもあってか、どちらかというと響きが暗く、祈りや(本人もプログラムノートに書いているが)スピリチュアルな印象をもたらす曲が多かった。

反対に娘のディアナはパリにいることもあってか、軽やかで、幾重にも折り重なる響きが美しい曲が多い。特にピアノ、フルート、パーカッションのトリオの曲はウォーターゴング(私はウォーターゴング大好き人間である)を効果的に用いたパーカッションやフルートの特殊奏法(今となっては普通とも言える奏法だが)を効果的に使った大変興味深い曲であった。
まだ若いが、曲だけ聴いたらベテランの手による曲と思えるような曲を書く。今後が楽しみである。

Kondo; Works for PianoKondo; Works for Piano
(2001/06/18)
Satoko Inoue

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Japan Piano 1996: Satoko InoueJapan Piano 1996: Satoko Inoue
(1998/07/03)
Mamoru Fujieda、 他

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近くに座っていた中年女性の集団が口々に「普通のピアノのコンサートとは全く違う」「なんか面白い」と言っていたのが印象的だった。

井上さん、してやったり、だろう。

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